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大切なものは目に見えないんだよ

学生時代の頃、まだビデオというものが各家庭に存在していた頃の話です。

私は図書館で本を借りることが多く、ほぼ毎週近所の図書館へ行っては本を借り、返すときにまた借りるという生活をしていました。ほとんど常連になっていたので、受付の女性にも顔を覚えられたりして「どうでした?」と本の内容を聞かれたりする程度のやりとりをしていました。

図書館というのは本だけではなく、過去のCDやビデオ(いまだとDVDですね)が無料で借りられたりするので、貧乏な学生にとってはとても助かる施設でした。

そんなわけで基本的には本を借りることが多かったのですが、時にはビデオを借りたりすることもありました。その日に借りたのはサン=テグジュペリ原作でお馴染みの「星の王子さま」の映画です。1974年に公開されたミュージカル映画ですが、今でも色褪せることのない名作です。

これは感動しました。当時20歳になったばかりでしたが、いい映画を見てしまったなあという余韻に浸りながら、貸出期間中に何度も見た記憶があります。

それで貸出期限も迫ってきたので、借りた本と一緒に星の王子さまのビデオを返そうと図書館に向かいました。受付カウンターにはいつもの女性がいて「どうもこんにちは」という挨拶もそこそこにビデオと本を返却しました。その女性は星の王子さまのビデオを見て「これ私も好きです」なんて言ったので、私も負けじと「とても面白かったです!期間内に見すぎてテープが擦り切れちゃうかと思いましたよ(笑)」と小粋なジョークを挟みながらにこやかに話をしました。

そして受付の女性はビデオケースをぱかっと開けて中身を確認したのですが、なんだか気まずいような表情でこちらを見ています。私は「どうしたんですか? あ、もしかして僕がどこかの小惑星からやってきた王子だと思ってるんですか?(笑)」などというジュペリジョークを飛ばそうと思いましたが、どうやらそんな雰囲気ではないようです。

少し言いにくそうに「これ…」と差し出してきたビデオのラベルにはこう書かれていました。

「たわわな欲望 蒼井そら

私は耳がカッとなるのを感じました。これは当時の私のお気に入りのビデオでした。それこそ、見すぎてテープが擦り切れちゃうかと思いましたよというくらい見ちゃっていました。私は差し出されたそのビデオを素早くしまい「すいません!すぐに持ってきます!」と家に戻りました。

自宅に着くと散在する(蒼井そらの)ビデオをかき分けて、あれでもない(あおぞら Let's Go Blue In The Sky!)これでもない(スプラッシュ びしょ濡れマーメイド)と探し続けて、1番奥の方からやっと星の王子さまのビデオが出てきました。それは目の届かない、深い奥底に埋もれていました。

そして私は思ったのです。

ああ、大切なものは目に見えないってこういうことだったんだなと。



ネギの長さはどういたしますか

その日は仕事が遅くなってしまい、行きつけのスーパーがすでに閉店していたため、普段は行かない夜遅くまで営業しているスーパーで買い物をすることにしました。いつもとは勝手が違うレイアウトや陳列に戸惑いながらも、私は無事に目当てのものを見つけてレジへ向かいました。

ピッピッピッと商品を読み込んで合計金額が確定し、会計を終えたところまでは問題なかったのですが、その後に不思議な問いかけをされました。

「ネギの長さはどういたしますか?」

私は一瞬戸惑ったものの、すぐに「そのままで大丈夫です」と答えました。そして店を出た後に先ほどの言葉を思い返しました。

「ネギの長さはどういたしますか?」

なんでしょう、この問いかけは。これまでの人生で数え切れないほどネギを買いましたが、このような問いかけは初めてでした。私が「半分でたのむ」と答えたらカットしてくれたのでしょうか。

そうなってくるとどうやってカットするのかが気になります。まな板と包丁を取り出して切るのでしょうか。いや、これはあまり現実的ではないですね。スーパーのレジで包丁をもつ女性なんて、考えるだけで恐ろしいです。

ではキッチンバサミでしょうか。それならありえるような気がしますが、レジでチョキンとする姿はなんとなくシュールな感じがしますし、衛生面的にも若干不安です。

あとは素手でポキっといくパターンですが、これはお勧めできません。ふにゃっとなって上手くちぎれないでしょうし、力任せにねじったりしてしまったら、ネギ汁がダラダラとあふれて大変です。

そんな感じであれこれ考えてみましたが、どれもしっくりこなくて悶々としてしまいました。もうこうなったら試してみるしかないということで、ネギを買う時にはこのスーパーへ行くことにしました。

買いました。何度も何度も。

しかし何回買っても「ネギの長さはどういたしますか」の問いかけがありません。来る日も来る日も私はネギを買いました。時にはまだネギを使い切っていないのに買うこともありました。冷蔵庫の中がネギくさくなって大変でした。お弁当のおかずが5日連続ネギ焼きになったこともありました。職場の後輩女子に「木村さん、なんかネギくさいです」と笑われたこともありました。私はそんな屈辱にも耐えました。

でも言ってくれないんです。

「ありがとうございます、またお越しくださいませ」の言葉は嬉しいですよ。確かに嬉しいです。だけど私が聞きたい言葉は「ネギの長さはどういたしますか?」というこの一言なんです。それさえ言ってくれれば私は「半分でたのむ!」とすぐに答えるのに。

業を煮やした私は、ここである賭けに出ることにしました。そうです。こうなったらもう私から提案するしかないんですよ。ネギをね、切ってくれと。袋から飛び出してるのは恥ずかしいから半分に切ってくれと。ひと思いにやっちまってくれと。

一度決心した私の心には大きな余裕が生まれました。今までは言って欲しくてたまらなかった「ネギの長さはどういたしますか?」の言葉は、今日に限っては聞きたくありませんでした。なぜなら、これはもう私から言わなければならない問題になっていたからです。誰かが言っていました。過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられると。そう、私が変わらなければいけないのです。この手で、自分の手で未来を掴み取らなければいけないのです。

そしていつものようにネギを買い、会計を済ませたあとにレジのお姉さんが「ありがとうござ…」と言いかけたところで、私はその言葉を遮りました。

「ネギ、半分でお願いします」

かなり自然体にサラッと言えました。後ろに並んでいた奥様なんて「アラ、この方は常連ね」「なんて爽やかに意見を言う方なのかしら」と思ったに違いありません。

そんな私のクールな問いかけに、レジのお姉さんは答えました。

「はい?」

私も答えました。

「はい?」

レジのお姉さんは戸惑った顔で、そして変なモノを見る目で私を見ていました。なんでしょうこの感覚。この目はどこかで見たことがあります。ああ、わかりました。これは人がゴキブリを見る時の目です。うわ面倒なの出た、というアレです。

それに気付いた私は「いえ、なんでもないです」とカサカサとレジから素早く立ち去りました。その姿はまるでゴキブリのようです。

結局「ネギの長さはどういたしますか?」の真実はわからずじまいで、それ以来そのスーパーに行くこともなくなってしまいました。変えられるのは未来と自分だけだ!なんてかっこいいこと言いましたが、何も変わることはありませんでした。人生そんなもんです。

我が家の冷蔵庫は、まだネギくさいままです。